寝台特急 北陸

寝台特急北陸とは?

寝台特急「北陸とは、上野〜金沢間を走る寝台特急列車(ブルートレイン)の名称でした。【


東北本線(上野〜大宮)・高崎線(大宮〜高崎)・上越線(高崎〜宮内)・信越本線(宮内〜直江津)・北陸本線(直江津〜金沢)を経由していました。


特急化された当初は、20系客車が、その後は廃止まで一貫して14系寝台客車が使用され、個室がA寝台を含めて4両で、それ以外は開放タイプのB寝台車でした。【


列車番号は下り列車が3011〜3001、上り列車が、3002〜3012で上野〜金沢間517.4km(宮内〜長岡間の往復計6km含む)を、下り金沢行きは7時間23分、上り上野行きは8時間1分かけて運転していました。


「北陸」という名の列車が最初に登場したのは、昭和25(1950)年11月で、上野〜金沢〜大阪という運転経路を急行として走りました。


その後、運転区間は金沢までに短縮されたものの、昭和43(1968)年からは2往復体制となりました。

寝台特急北陸の誕生

現在の寝台特急となったのは、昭和50(1975)年3月10日の山陽新幹線 博多開業によるダイヤ改正で共通運用となる「北星」とともに20系客車の12両編成となりました。

このときから「北陸」は1往復の運転となり、もう1往復は、「急行 能登」となり、現在にいたっています。

寝台特急「北陸」での20系の活躍は3年半あまりで、昭和53(1978)年10月には、山陽・九州方面から転用された14系寝台客車へ置換えとなりました。

また、牽引機も昭和57(1982)年から上野〜長岡間がEF58形からEF64形1000番台となり、客車ともども、廃止まで引き継がれる姿となりました。

個室組み込みから廃止まで

昭和62(1987)年4月のJR発足で、「北陸」はJR東日本 尾久客車区(現在の尾久車両センター)の担当となりました。

そして、平成元(1989)年3月11日ダイヤ改正から、A個室寝台「シングルデラックス」と、B個室寝台「ソロ」が組み込まれました。

「ソロ」の一部には、シャワールームが設けられ、車体側面にはシャワーを図案化したシンボルマークが描かれていました。

さらに、同日から「北陸」の下り列車のみチェックアウトサービスがスタートし、平成3(1991)年3月15日まで行なわれました。

平成11(1999)年3月16日、「北陸」の編成が見直され、それまでの12両編成から8両編成となり、B個室寝台「ソロ」も5両から3両に減らされました。

平成21(2009)年8月現在ではA個室寝台「シングルデラックス」1両、B個室寝台「ソロ」3両、開放タイプのB寝台4両という編成でした。

平成21(2009)年3月14日ダイヤ改正でEF66の寝台特急けん引がなくなりましたので、「北陸」は「あけぼの」とともに直流機が牽引する唯一のブルートレインであり、14系寝台客車が唯一、用いられる列車ともなりました。

なお、平成21(2009)年8月現在で「北陸」に車内販売はありませんでした。

したがって、弁当など食事が必要な方は駅などで乗車前に購入しておく必要がありました。

飲み物は、3号車に自動販売機がありました。

 

北陸新幹線金沢開業までは生き延びると思われていた寝台特急「北陸」でしたが、平成22(2010)年3月13日ダイヤ改正で急行「能登」とともに廃止されました。



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